ギター放浪記(ワールド)リニューアル!!

還暦オヤジの海外での飛入りセッション体験やら ギター、エフェクター等の試し弾きなんぞをテーマにしたブログです。

音楽的ルーツな話その①/ヒッピーの上村君。

 

究極の1本探しはまだまだ続くのであるが、
あんまりギターの話ばかりだと私自身も飽きるので、
ここいらで私の音楽的ルーツな事を書いてみようと思う。
とにかく私の年代はありとあらゆる音楽をリアルタイムで
通過してきたと言っていいだろう。
ベンチャーズ、GSは小学校の時。
商店街のイベントなどの特設スタジオでやっているバンドは
だいたいベンチャーズだった。
小学生ながらカッコイイと思っていたし、本気でバンド
やりたいと思ったが、何しろエレキを買うお金がなかった。
中学生も3年ぐらいになると、
ツェッペリン、グランドファンクなどの存在を知るようになり、
まるで雷に打たれたようにしびれた。
自分では高くてレコードが買えないので、金持ちのドラ息子の
ところにイヤがられながらも入りびたって、
家具調のステレオを大音量にして聴いていたのである。
当然、いたいけなロック少年はそれらの音楽を
毎日コピーしまくってと言いたいところだが、
それは二光通販が月賦でトムソンブランドのギターを販売
してくれるようになる頃まで待つことになるので少し先の話だ。

どっちにしても、いきなりロックに挑戦するには
敷居が高くて実は最初に手にしたのはフォークギターだった。
友達から2500円で買ったモラレスというメーカーのギターである。
そして、コピーしたのは実は吉田拓郎なのである。
私の最初のギターの師匠は当時私が住んでいた九州の佐賀に京都から流れついたヒッピーのお兄ちゃん、名前を上村君という。
上村君は、私の悪友の家が駅前で食堂をやっていて、そこで住み込みでバイトをしていたのだ。
悪友には当時高校生の兄さんがいて、
既に上村君にギターを習っていてそこそこ弾けるようになっていた。
私は上村君に習ったり、時には兄さんに習ったりしながら
少しづつなんとか弾けるようになっていった。
ある時、兄さんが参考になるレコードは何か?と上村君に聞いたところ、
「かぐや姫の青春」をイチオシされたという。
そして、悪友の兄さんは見事に間違えて、当時まだまだ無名の「拓郎の青春の詩」を
買ってきてしまったのである。

そのようなわけで私は吉田拓郎をコピーするようになったのである。
そのレコードが画期的だったのは歌詞カードにコードが振ってあったのだ。
ツェッペリンとは似ても似つかない音楽ではあるが、
なぜか、抵抗なく入ってきてハーモニカホルダーにハーモニカを挟んで
弾き語りなんぞをやって一人悦に入っていた。
その後しばらくしてフォークブームが起こり、
ギターの普及率アップにかなり貢献したのである。
しかしまあよく考えてみると、上村君がたまたま悪友の食堂でバイトをしていなければ私はギターを弾いてない可能性が非常に高いのである。
もしそうであれば、私の人生はまったく違ったものになっていただろう。
そう考えると、ある意味カミサンとの出会いなんかより運命の出会い
だったのかもしれない。

どうしているのかな上村君、、、。

ルーツの話はつづく。

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